初めて彼を見た瞬間、私は、彼の外見に心惹かれた。



 いや『惹かれた』と言っても、私にとってそれはただ、何種類もある感情の中の一つに過ぎなかった。今の女子高校生が「やべぇ!あの人カッチョエェ!!」とか叫んで恋をするような、『心惹かれる』とは違っていたと思う。

 ふわぁ、と春の風が私の髪の毛をゆらして、眠気を誘っていた、春のできごと。私は初めて彼に出逢った。

 それまでいた学校を卒業して新しい学校へ進学する。人生において誰もが経験する出来事の中で、私は新しいクラスメイトたちの顔を見つめていた。

 窓側の一番後ろに座る男の子は、先生の話や、他の男の子の話など、まったく耳に入れていない様子で、面倒くさそうに窓の外を見つめていた。その彼の、真っ黒の髪の毛と真っ黒の瞳が、とても綺麗だと思った。

 彼は忙(せわ)しなく行動する学校の人々とは、どこか違う雰囲気を持っているように見えた。同じ年齢だというのに、初めて見た人だと言うのに・・・・彼は口数少なく大人びて見える、何だか不思議な人間に思えた。

 だから、私は、彼の外見になんとなく興味を持った・・・・それだけのことだった。













I'd like to spend a little time alone with him.





*惹かれる*




彼と、切実に。彼に、切実に。











 入学式後のクラスメイトたちとの顔合わせ。それから一週間経てば、いつの間にか私以外にも、彼の雰囲気に心惹かれる女子が現れた。彼の方をチラチラ覗き見る女子が、私の目の前にもいる。

 彼の人気は、少しでいいから、彼と・・・・三上亮と話をしてみたいという、私の小さな望みも消えそうなほどだった。きっと私以上に強い想いで、たくさんの女の子が同じ願いを持っていたのだろう。



 4月は慣れない学校を行動することになるので、やたらと疲れた。おまけに新学期でやることもたくさんある。家に帰れば精神的にもぐったりした。それなのに、学校側は行事ごとが大好きだ。



 「クラス対抗の百人一首とかってムカツクよね。今更、何だよって感じ」



 HRの時間に、隣の席の女の子が発言した。まだ若いであろう先生は困った顔で微笑んでいる。

 「何、笑ってんの?キモイんだけど」

 生徒にそこまで言われても、先生は微笑むのをやめれなかった。先生はどうしていいのか分からないばかりか、注意するタイミングが、つかめないでいるのだ。

 私の隣の席の子は背の低い女の子で、髪の毛の色を抜き、明るい金髪にしていた。目が大きくパッチリしていて、少しぽっちゃりしているけれど、スポーツが大好きな、明るい女の子だ。それでも先生は、彼女をあまり好いていない。彼女の存在は、先生にとってみれば礼儀のなってないクソガキなのだ。

 「私、百人一首、好きだよ」

 私が例えばそうやって、隣の女の子に、微笑みかけてなんになるだろう。先生同様に「キモイ」発言で一発退場だ。



 「いいじゃん、百人一首」



 その声に、私の前の席の子が、ものすごく反応して振り返った。すごい反射神経だと思ったが、私も人のことは言えなかった。声の主に驚いて、私もそれが本当かを確かめるために、声のした方向へ顔を向けた。さも、興味がないように。さも、ただ振り向きましたってな感じで。



 「あんたさ、イチイチやること全てに文句だすなよ。忙しいのはお前だけじゃないだろ」



 三上亮は、私の方へ顔を向けてそう言った。だって私の隣の女の子に離しているのだから、自然とそうなるのだ。それでも、なぜだか彼が私の顔を見て、私の目を見て話している気がして、どうにかなってしまいそうだった。

 自然と顔が赤くなって、意識をしないようにと思えば思うほど、顔にも手にも汗をかいた。気がつけば心音が一定のリズムを崩していて、私は、三上の顔を見ることができなくなっていた。

 三上の行動を気に、それまで黙っていた先生がこれぞとばかりに、発言した。



 「まあ、新しいクラスで交流にもなるし、いいよな」



 私の隣の席の女の子は、きっと思っただろう。担任の先生に対して、いい時ばかりに口出ししやがって、と。そして三上に対しては、気取りやがって、と。

 私はその女の子と三上に挟まれて、(二人の気持ちは置いてきぼりだが)複雑な気持ちで座っていた。どっちの味方になればいいんだろう?とか考える必要性は、私にはコレッポッチもないわけだけれど、少しでも三上にかかわっていたいと願っている女子は、私の位置がうらやましいに違いない。



 「じゃあ、今から百人一首くばるから・・・・班になって、練習でも」



 先生は頼りない。そこには生徒の大好物がたくさんある。私たちは知らず知らずのうちにそれを知っている。『頼りない』それは、子供の大好物だ。誰かを操ったり、思い通りに生きるうえで、絶対に欠かせないものなのだから。

 私は班を組むために席を動かした。

 ふいに声をかけられた。



 「ねえ、 さん」

 「はいっ?!」



 たぶん私は、三上亮に惹かれてる。三上に名前を呼ばれて、返事をした声が裏返ったのが、いい証拠。返事をした瞬間、あの彼女と目が合った。彼女は(お前もかよ、キモイし)と、私に視線で文句を言っていた。(そうよ、いいでしょ。だって彼、カッコいいもん!)私も視線で言い返してやった。だって、ほら、視線なら何言ってるか分からないでしょう、結局は。



 「今日、こっち一人休んでるからきてくれない?そっち一人多いから」

 「ああ、うん。いいよ」



 あの席にいたらなあ・・・・ってきっと私の前にいた女の子は思ってる。それぐらい三上は魅力ある男の子。

 「ありがとう」

 「え、そんな」

 って言いつつ、三上にお礼を言われた事に赤くなる。その上(もっと言え)って、思ったりする。そんな馬鹿なことばかり考えているから、慌てて移動して、落っことしてしまった百人一首。

 一番初めに拾ったのは・・・・





筑波嶺(つくばね)の みねより落つる みなの川



戀ぞつもりて 淵となりぬる





 「・・・・・・。」

 私はこれから、彼に心惹かれてゆくの、だ。







 たぶん、もしかしたら

 きっと−











百人一首大好きです。坊主めくりがすきなんだよなあ・・・・・・。

恋の始まりって、もう分からないほどに愛しくてたまらない。恋してる女の子を見ると、どうしても美しく見えてとまらない。百人一首の詩は、そこはかとなく?そんな感じがするようで。金魚は好きです。

素敵な企画を考えてくださった骨子さんに、ありがとうの思いも込めて。

07022