ただ、ただ、
その姿を見るだけで恋焦がれ

しのぶ恋、燃える恋



ワーワーと指示を出す声や、フェンス越しにかけられている黄色い声援が耳に入る。
今日も、今日とて、サッカー部は練習が忙しく観客は満員だ。

武蔵野森学園――、
共学でありながら校舎が男女別という今時珍しい私立校。

私はそこに通っている一女生徒である。
成績はそこそこ、運動は苦手。
趣味は読書で五月蝿いのは嫌い。

自分でも典型的な優等生タイプだと思う。
ちょっとそれは嫌。
優等生である気持ちはないのに周りからはそんな風に思われてる。


ところで話は変わるが我が学校には愛の隔壁という男女校舎を隔てているフェンスがある。
そこには南京錠の山。

この学校のジンクス。
好きな人の名前と自分の名前を書いてフェンスに南京錠を付けると想いが通じる、って昔からある伝統。

実際、想いが通じる人たちなんてごく稀だけど。

けれど、女の子達にとっては数少ない希望。
だから今日も南京錠の山がフェンスに付いている。



私には、慕う人がいる。
サッカー部キャプテン、渋沢克郎さん。
ポジションはゴールキーパー。

ボールが自分に向かって飛んでくるのは怖くないのかなっていつも思う。

けれど、ボールを止めようと真っ直ぐに見つめているその顔が一番好きだったりする。
真剣で、集中してて、凄く惹かれた。

いつ、この恋心を自覚したのかは覚えてない。
少なくとも中学に入ってからだからそんなに遠い昔じゃないはずだけど。

けれど、いつのまにか彼は私の心の中に入っていた。


――ドゴオッ!
ゴールに向かって、力強いシュートが蹴られた。
今蹴ったのは『ふじしろせいじくん』
サッカー部の二年生エース。

男の子とかの情報は嫌でも耳に入ってくる。
皆、恋とか気になるお年頃だから。


あ、彼が、飛ぶ。

――バシィッ!!
ボールが弾かれる音がする。
渋沢君が、飛んで、ボールを弾いた。
なんて言うんだっけ、こういうの?
サッカーには詳しくないからわかんない。


「ちぇっ!キャプテンこれも止めるんだもんなー。
 今回こそは入った!って思ったのに!!」
「ははは、俺も入れさせないように頑張ってるからな。
 そう簡単にゴールは許させないぞ。」


二人で何か話してるのかな?
ここからじゃ二人が近い位置にいるのしかわからない。


私は、いつも三階の音楽準備室からサッカー部の練習を見てる。
いつだったか忘れたけど見つけた穴場。
鍵が壊れてるのを発見して先生に報告もしないで使ってる。

ちょっと遠くて見づらいけど誰にも邪魔されないで見れる場所。
お気に入りの場所。

私は週に一、二回この場所でサッカー部を見てて、
伝える気もない淡い恋。
これからもそんな日常が続くって思ってた。



けど、その考えは打ち砕かれた。

、ちょっと職員室まで来なさい。」
先生の、この呼び出しによって。

「はい、先生。」
呼び出される理由がわからなかった。
また雑用でも押し付けられるのかな、って思ってたくらい。
優等生と思われてると先生達はやたらと雑用を押し付けてくる。
正直、面倒くさい。


ガラリ、と職員室の扉を開ける。
きょろり、と職員室内に視線を走らせて担任の先生を見つける。
「失礼します。」と挨拶をしてそこに歩いていく。

気のせいか、先生達の視線を集めている気がする。


「なんでしょうか?」
担任の先生の前に立って質問を投げかける。
私が呼び出された理由。

「あー、先生も信じたくないんだが。
 お前が音楽準備室を無断で使っている所を見た先生がいてな・・・。」
言いづらそうに、というか信じられなさそうに先生は言う。
それを聞いて私はああ、と理解をした。

「はい、鍵がかかっていなかったので使用しました。」
私がそう言うと、先生の目には失望の色が浮かぶ。

「・・・・本当だったのか。」
はい、本当です。私はそう答える。
嘘は嫌いだ。
だから本当のことを言う。

、お前・・・」
先生の言いたい事は何となくわかる。
優等生の私がなぜ校則を破ったのか。

武蔵野森では特別教室を使う時は教師の許可がいる。
何でも高価な品物が置いてあったりするかららしい。

「処罰はなんでしょうか?」
堂々とした私の態度。
職員室中の先生達の視線を集めているのがわかる。

なに?
優等生だと思っていた生徒が堂々と校則破りをしたのが珍しい?
それとも失望?


私にとってはあんまりたいした事じゃない。
だって、優等生でいたいなんて思ったことないし。


「・・・2週間、学校以外に寮から外出禁止。
 内申にも響くからな、覚悟しとけよ。」
担任の先生は、私の態度を見て諦めたように言う。

内申なんて、別に怖くなどなかった。



私がその時考えていたのはもっと別な事。

―― 一つ、校則を破ったのならあといくつ破っても同じじゃないか。
そう思うと、心に火がついたようだった。


先生達から早く寮に戻れと促されて私は職員室から出て行った。
鞄を取るために教室にも戻らず、向かう先は裏庭。


――ガサガサ、
フェンス近くの茂みを掻き分けていく。

・・・・あった。

そこにあるのは人一人通れるような穴。
実はフェンスのここにだけ穴が通っていたりする。

明らかに人為的にペンチか何かで切られている穴。
でも茂みに隠れているからか先生達は知らないみたい。


穴を通る。
制服が引っかかって破けてないかと心配になる。
ゆっくりと引っかかった部分を外す。

膝についた砂を払って立ち上がった。
ここは――男子部。
女子が立ち入り禁止な場所。


一つ校則を破ってしまったのだからあと一つくらい破っても平気だろうって気持ちもあった。
けれど、何より、
心のどこかが燃えるように熱かったんだ。

私はそれに促されて足を進める。


裏庭に設置されている時計を見る。
6時45分。
丁度部活が終わる頃。

私は走り出す。
心のどこかに急かされて。


走る、走る。
頭の中にこの間授業で習った言葉が浮かんできた。

『侘ぬれば 今はた同じ なにはなる みをつくしても あはむとぞ思ふ』
なんだっけ、何の言葉だっけ?
考えをめぐらせながら走る。

ああ、思い出した。
百人一首の一つだ。

意味、意味は――


考えているうちに、私はグラウンドへとたどり着いていた。
辺りを見回す、探す、探す。

あの大きな背中を。

ざわめきが聞こえる。
ああ、誰かが私の存在に気付いたんだと思った。


――見つけた。
視界に、彼が映る。
私は、また心の示すままに走り出していた。


「渋沢克郎さんっ!!」
後姿に呼びかける。
彼が、振り向く。

その目は驚きからか微かに見開かれていた。
それもそうだ。
男子部に女子が堂々といるんだから。
しかも自分を名指しで呼んで。


「えっと・・・、君は?」
渋沢さんが戸惑うように声を出す。
私はそれに答えず一方的に言い放つ。

「貴方が好きです。」
辺りが、ざわめいたのが聞こえた。
渋沢さんよりちょっと先にいるみかみさんの目が見開かれているのも見えた。

「えっ・・と、」
困惑した声。
なんて答えればいいのかわからないのかもしれない。

だから私はまた一方的に言い放つ。


「中等部二年、です。」
覚えていてください。
そういい残して私は男子部の正門へと向かった。

帰りにあの道をまた使ったら存在がバレるかもしれないから。
今の私は、校則など怖くはなかった。


女子寮への帰り道、
私はやっとさっき浮かんだ百人一首の意味を思い出すことが出来た。


『うわさが立ち、嘆いている今は同じことだ。 今更人目をおそれず、この身が破滅してもかまわない。 命をかけてもお逢いしたい。』
ああ、なんて今の私にぴったりなんだろう。
自分で思いついておきながらちょっぴり笑えた。


怖くなどない。
優等生というレッテルなんか剥ぎ捨ててもいい。


私はこの日、しのぶ恋と燃える恋を体験した。

恋慕/百人一首でドリームを書こうという企画サイト様。
お題八『侘(わび)ぬれば 今はた同じ なにはなる みをつくしても あはむとぞ思ふ』
意味『うわさが立ち、嘆いている今は同じことだ。 今更人目をおそれず、この身が破滅してもかまわない。 命をかけてもお逢いしたい。』