「・・・十四郎、さん。」




そうぽつりと食器を洗いながら私は呟いた。
指先から伝わる水の冷たさも忘れて、ただ真選組の鬼の副長と呼ばれてるあの人の名前を。




ちゃん!いつまで皿洗いしてるの!」


「・・・・・・・・」


ちゃん!」


「! はい!」


「どうしたんだい、最近やけにぼーっとしちまって・・・」


「あ・・・すいません。」




おばさんに苦笑されながら怒られてしまった。私は慌てて食器を洗って水気を拭き取りきちんと陳列した。
時計を見れば午後1時。ああ、そろそろ来るだろうかと胸に期待を膨らませて身なりを整えた。




「・・・・ちゃん、土方さんのこと待ってんのかい?」


「ちがいますよ、そんなんじゃ・・・」


「まぁまぁ、ほっぺ赤く染めちゃって可愛いねぇ!」


「ちがいますって!」


「あたしも薄々気付いてたけどね、この時間になるとやけにそわそわして土方さんが来ると嬉しそうに笑っちゃって・・・若いねぇ。」


「おばさんっ・・・」




茶化されるのが元々慣れていないので顔から火が出そうなくらい体中が熱かった。実際のところ図星なのだが。
おばさんは笑いながら奥へ行って注文の準備を始めた。そしてわざとこっちに聞こえるような声量で「土方さんそろそろかねぇ」などと言ってまめに顔を出してくる。
それで、また食器を洗い始める私。1時30分過ぎにはもう食堂にお客さんが大勢来店してくれていた。




「ちょっと聞いとくれよ、ちゃんに好きな人がさぁ・・・」


ちゃん好きな人出来たんかい!?」


「誰さね?」


「俺かァ?」


「ちがいます!」


「わはは、少なくともお前じゃねえってよ!」


「こりゃ手厳しい・・・」




あたたかい笑いで食堂はいつもよりにぎやか。
お客さんまで私に色々詰め寄ってきて、おばさんもにやにやと口元に手を持っていって明らかにわざとらしい。(もう泣きたい)




「んだ今日はやけに騒がしいなオイ。よう、いつもの頼むぜ。」


「! ・・・はい。」




のれんから顔を覗かせたのは、私が確かに心待ちにしていた人。
いつもと同じ挨拶、そしていつもと同じカウンター席。十四郎さんの注文を聞いておばさんに伝えた。




「おう、土方さん。」


「まーたマヨネーズ食いに来たのかい。」


「うるせぇ、マヨネーズ食いに来たんじゃねーよ。土方スペシャル食いに来たんだ。」


「おんなじよーなモンだろ、黄色いのしか姿見えないんだからよォ。」


「ったく・・・・。」


「いくらなんでもアレはかけすぎですよ十四郎さん。」


「そうか?」




タバコをふかせながら十四郎さんは目線を上げた。私は十四郎さんの右手側に灰皿をカタン、と置く。




「ん、悪いな。」


「灰落とされるのもアレですから。」


「オゥオゥ、立派に口利くようになったなお前。」


「あはは、私にも学習能力ってのが備わってますからね。」


「そーかい。」


「あ、そうだ土方さん!ちゃんに好きな人が出来たらしいんだよ!」


「!!」


にか?」


「アンタが来る前にちょっと話してたんだよ。どうだい、気になるだろ。」




お客さんの一人がそう言えば周りも思い出したかのように口々にしゃべり始める。一本目のタバコをもみ消して十四郎さんは水を一杯飲んだ。
その話題に私はただただ顔を伏せるだけでお客さんの顔はおろそか、十四郎さんの顔なんて見ることも出来なかった。・・・恥ずかしい、に決まってるじゃないか。




「まぁ土方さんにゃ興味ねーこったな。」


。」


「な、なんですか?」


「惚れた奴は良い男なんだろうな。」


「え・・・あの?」


「悪い男なんじゃねぇよな。」




真っ直ぐと私を見て十四郎さんはタバコを灰皿に押し消した。
その質問に、小さく「とても良い人です」なんてことしか答えられず。




「・・・・ならいい。」


「・・・十四郎さ」


「なんだなんだ、土方さんもやけに残念そうだな。」


「斬るぞ。」


「まま、無駄な殺生すんなや。」


「それよかちゃんが惚れた男ってのはどんな奴かね。」




そんなお客さんを苦笑で流した。
おばさんも奥からどんぶり一杯を持って私に渡してくれ、十四郎さんの手前に置いた。




「土方スペシャルお待ち遠様ね。そういや・・・ちゃん、土方さんにしか下の名前呼んだことないわよねぇ。・・・ねぇ、土方さん。」


「「・・・・・・・・・・」」


「あらまっ、いけない口が滑ったわ。」




あれだけ騒がしかった空間が、おばさんの言葉で数秒氷のような冷たさと張り詰めた空気と化した。
笑っていたお客さんは完全に静止、十四郎さんも割り箸を手にしたまま完全に静止。かくいう私も、一時停止していた。(さらに無表情だと思う)




「・・・ちゃん、土方さんに惚れてるん?」


「・・・・・ちゃんが?」




どう、しよう。私の目の前に座っている十四郎さんは私をガン見、静止していたはずのお客さんには再び騒がしさが戻り私のことをわいわいと語っている。
おばさんに口パクで「どーすんですか!」と言えば口パクで「ご め ん ね」と返答された。(本気で泣いていいですか私)




「土方さんどーする!?」


「ぼやぼやしてっと他の男にとられるぜ、たとえば銀さんとかなァ?」


「やめてくださいよ、私こういうの苦手なんですって!十四郎さんも早く食べてお勘定してください!」


「十四郎さん!早くお勘定してですって〜」




ダメだ、かぶき町の人達は止まらない。
するといきなり立ち上がった十四郎さんにびっくりして私は後ろに数歩さがった。その瞳孔が開いた眼でまたガン見される。(怖い、怖いんですその視線!)




、俺の為だけに土方スペシャルこれから作れ。副長命令だ。」


「私真選組じゃな・・・え?」


「下の名前で呼ぶの許してんのはお前だけだ。・・・意味分かるか、学習能力ついてんだろ。」


「・・・・・・・・・・」


「聞いてるか。」


「・・・はい・・・作らせてください・・・・」




高鳴る鼓動が静まらないままそう返事をすれば、十四郎さんはまた席に座った。
瞬間、ここにいるお客さんは十四郎さんを茶化して、そして気付けばいつの間にか外からもギャラリーが窓から覗いてたりで。
どうやら一部始終を見届けていたらしい。食堂にどたどた入ってきてこちらもまた十四郎さんと私をこづいたり茶化したりされた。
私の想い人がおばさんにバレ、早45分弱。いつしかかぶき町全体に広がっていた。




















すてふ わが名はまだき たちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか




















「土方さんもやりますねェ。やっとこの人の周りに男近づけさせねー理由が分かった。」


「黙ってろ総悟。・・・お前巡回は。」


「サボリに決まってるじゃないですか。となり失礼するぜィ土方。」


「殺すぞ総悟。」