「あー。寒いねぇ」
 言葉と白い息がもれる。
ちらり、とアレンを見て、ごしごしと手をさすりながら私は言った。
目線が交差して、少しの間があった。「ごめん」と一言、少し不満そうに、拗ねたように吐き捨てるアレンに頬が緩む。
白い息を手に吐いて、必死に温めるけれど一向に努力は報われない。
「あーあー寒いさー寒い寒い寒ッぶえくしっ」
 ラビが鼻声だ。よく見ると既に鼻水がたれている。(ティッシュをあげるとずるずると鼻をすすった)
冬なのに髪の毛を上げてるから寒いんだと思う。ラビが一番鼻が赤い。
アレンがかじかんでいる手で鍵を取り出した瞬間、ドアがガチャンと開いた。
不意打ちだったアレンの鼻に直撃したのは言うまでもなく。
前言撤回、一番鼻が赤いのはアレンです。
「……ああ、お前ら本当に来たのか……」
 軽く頭を抱えながら神田が言った。
帰れオーラを発してドアを閉めようとしたので、私達は足ですばやく止めた(ラビはまだ横でティッシュを消耗し続けている)
「うあああ神田さぶい頼むから入れて……!!」
「とリーはいい、先に入ってろ」
 言い方と態度は乱暴だけれど(だって方向をあごで示してる)(言われなくてもわかるっつの)
とりあえず悪い気はしないし、これ以上いると凍えそうなので「ありがとう」と微笑んで言った。
そうして私が部屋に着き、勝手にコタツの中に入った時には、ずいぶん騒がしくなっていた。

「リナリー! 駄目だこんな獣のところに来ちゃ!」「もう兄さんうるさいから黙ってて!」
「近所迷惑ですよ、コムイさん」
「いいんさアレン、いつものことさ」
 ……あんなにぎゃあぎゃあ騒いでると神田が怒るだろうな。
たぶん後3秒、3、2、1―――

「お前ら全員黙れ! 外に放り出されたいのか!」


 みんなで(勝手に)コタツに入りながら、(勝手に)みかんを食べて話す。
コタツの布は少し色褪せた赤の花柄だった。年季が入っているのだろうとは思って、頬を摺り寄せた。暖かかった。
「あれ、このみかんかてぇさ」
「まだまだですね、これしきのみかんの皮もむけないなんて」
「私、むいてあげるね……はい、どうぞラビ」「おお、さすがリナリーさ!」
「僕のみかんもむいてよリナリー!」
「いいわよ兄さん」(ぶしゅっぶちぶち)
「リナリーなんか突き破ってる! マジック? エセマジックなのリナリー?」
「わあ、みかんが浮いてるー」「リナリー……(さすがコムイの妹)」
 後ろの台所で神田がそばを打っている。
うるさいし歯止めが聞かないしで私は神田を手伝うことにした。
こたつからでるとやはり寒く、足元が冷える。一瞬ぶるりと震えた。
それでも外ほど寒くはない、と思うと多少楽になった、気がする。
麺用のモノなのだろうか。やけに大きい包丁をもって、生地を切っている神田の横に立つ。
やはり神田は手馴れていて、ああすごいなぁとぼんやりと思った。
「ね、何か手伝うことある?」
 私が尋ねると、神田は丁寧にも一度手を止める。
「か。……風邪ひくから、コタツにでも入ってろ」
 そう言うと、無愛想にそばを打ち始めた。
教団に来る前に数回行った蕎麦屋にも、たしかこんな無愛想だけど凄腕の、蕎麦職人のおじさんがいたっけ。
でも今はよく思い出せない。面影しかでてこない。昔すぎて。
無性に切なくなる、その感覚。
そのおじさんが大好きだったはずなのに、もう顔も声も思い出せない。
いつの間にか、思い出す記憶は黒の教団のものへと摩り替わっていた。
それは、いけないことのはずなのに――
思い出に浸っていると、彼はもう蕎麦を茹で終えていた。
神田もやはり寒いのか、さっきの私のように軽く体を震わせた。
そう、それは人間だから。
私はうっすらと微笑む。可笑しい話だ、気がつかないなんて。
そうして「ユウ」、とわざとファーストネームで呼ぶと、たいして愛しくも無い、はず、の彼の腕に抱きついた。
そう、これは二重のヒミツ。
ごめんね。――伯爵様。
私は知っている。もうこの恋が、彼らの耳に届いているということを。
多分、今日会うので最後なのだから。
「離れろよ。切るぞ」
 すぐに怒る、そんな彼が。
どうしようもなく愛おしかった。
離れたくなくて、もっと私を見てほしくて愛してほしくて必要としてほしくて。
本当に切ってくれるの? じゃあ早く切って、私は貴方の敵よ。
そんな言葉が喉元まできたけれど、私は唾液と共に飲み込んだ。
そうして、すぐに離れると、私は笑って言う。
「私は、ユウのこと好きだからね。これからも、ずっと……」
 驚いた顔をしたユウを一瞬見たけれど、私はほとんど見なかった。
外まで走り去る。かち、かち、と命の導火線が短くなってゆく音がする。
真っ白な雪の上に走る。繊細な氷の粒たちを踏み潰して。振り向いても、誰もそこにはいなかった。
私は泣きそうな顔、でも、すぐに表情を取り繕う。
ごめん、ごめんね。最後くらい、笑っていないと。
泣き顔を消すと、思った以上に酷く清々しい気分だった。
あきらめた、笑顔、泣き顔。
空を見上げる。
黄昏た雲がぼんやりと浮かんでいて、少しずつ、少しずつ風の吹く方向へと凪いで行く。
青い空がただ、ただ静かに存在していて、今までもずっとこれからも存在するのだろうと思った。
たとえ、人が一人いなくなっても、大きすぎる空や雲はどこまでも無関心だ。
 大きく、大きく息を吸い込むと、さっきまでの暖かい空気とは違い、凍りつくような冷たい空気が体を駆け巡る。
胸中に溜まった澱んだ息を吐き出すと、自分の体も少しだけ清くなった気がする。
そうだったらいいなとは思った。
だが、現実と妄想の境界線を付けるのはあまりにも容易だった。
はそれを、よく知っていた。
 雪の中に立つ少女が一人、独り、涙を流すと掻き消えた。
その刹那、伯爵の姿が、見えたような、気がしたけれど。
それはとても、とても短い時間で、人間に見えるわけが無かった。

「……? どこだ?」
 隠れてないで出て来い、切るぞ。
そう、いつものように言う予定だったのに。
赤い血が、一滴だけ垂れていた。
さくり、と氷を削るような音がして、雪の絨毯に自分の足跡をつけて踏み出す。
そこで、気がついた。
真正面に広がる、真っ白な雪の絨毯に、足跡など何処にもついていないという事実に。
はどうやってそこまで行ったんだ? 家の周りに隠れてるわけではない、どこか、……どこか別の場所に行ったはず。
ありえない。そう、人間ではありえない。……人間、では?
宙に舞っていた季節はずれの真っ黒な蝶が、あざけ嗤うように掻き消えた。
――私は、ユウのこと好きだからね。
そう言ったは、本当は止めてほしかったんじゃないか。
消えたくない、とSOSを送っていたんじゃないか。
ずっと好きだから、だから傍においてくれと。
そんな想いを無視して、俺は。
なぜ腕を掴まなかった? なぜ気がつかなかった?
 何をしていたのだろう。何を得たかったのだろう。
後ろから、心配した戦友たちが走りよってくる。
「どうしたの? 神田」「は何処に行ったんさ」と、馬鹿みたいにたずねてくる。
 いや、馬鹿なのは、俺の方か。
「……かえった、よ」
 神田はそう言って、半ば無理やりアレンたちを家に入れた。
そう、帰ったのだ。製造者の下へ。あいつの家へ。
あいつが帰りたかった家は、ここなのかもしれないのに。
 いつもは教団で笑っていた。
だが、いつもその瞳は哀しげだったのが印象的で。
そして、いつもの瞳に、嘘はなかった。
 一箇所だけ紅い場所に向かって歩いてゆく。
その雪を手ですくった。酷く冷たくて、しばらく持っていると刺すような痛みを伴ってゆく。
でも、の痛みはどんなものだっただろう。
は俺達を裏切って、伯爵を裏切った。
だからあいつは、いつも悲しい眼をしていたのだろうか。
どんなに自問自答しても、答えは出てこない。
もう二度と、その質問に答えてくれる相手はいないのだから。
気がつくと、自分の体温で雪はもう溶けていた。
紅い雫が垂れ、それをまた手に取ろうとしたけれど、
その最後の雫さえ、掻き消えてしまった。
残ったのは寂しさと、好きだったヒトに応えられなかった虚しさだけ。
紅く、痛く染まった手で、虚空を掴んだけれど、気持ちも何も満たされなかった。


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あの、あれですね。ホントすいません。
めっちゃ遅いですね(爆
最近小説なんて書かないつか書けないよ母さんってことで勘弁してください(ジャンピング土下座)
メインテーマは「愛の流刑地」です(黙


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